09. 冷たい手

あなたのその手に初めて触れた時
ひやっとした冷たさにどきっとなった
その血の通っていない物のような冷たさに驚く私に
あなたはいつもと変わらない笑顔で微笑んだ

私があなたと出会ったのは小さな頃だった
ちっとも上手くいかない魔法の練習に耐え切れなくて
逃げ出すように森を走っていた時にあなたの家に辿り着いた
森で迷って泣き出した私にあなたは優しく手を差し伸べてくれた
その手の冷たさに驚いても、あなたは嫌な顔一つしなかった

それから年月が経ち、私も子供から大人へと近づいた
背も伸びたし、髪も長くなって、身体つきも女性らしくなってきた

あなたは変わらなかった
すらっとして背が高いあなた
薄い水色の髪が光に輝いて天使みたいに見えるあなた
どんな人よりも綺麗だと思える顔をしたあなた
あなたは何年経っても変わらなかった

私はあなたが大好きで、いつも遊びに出かけた
あなたはいつも笑顔で私を迎えてくれて色々な話をしてくれた
私のへたくそな魔法の稽古も優しく見守ってくれた
あなたが傍にいれば何だって出来るような気がした

今日もあなたの元に出かけようとする私を
幼馴染が怖い顔で手をひいた
そんな顔をする人ではなかったから私は驚く
彼は怖い顔で私に告げた

「いつまであいつの元に通い続けるんだ?
あれは只の人形なんだぞ?」

人形?
あの人が人形?
そんな訳はない
私は反発した

「違うわ。あの人は人形なんかじゃない」

幼馴染の手を振り切って私は森へと駆けて行った
違う、違う、違う
あの人は人形なんかじゃない

『おや、今日はどうしたんですか?
そんなに切羽詰った顔をして』

あなたは私を見て少し驚いた顔をしてから微笑んだ
優しい優しい笑顔
私の大好きな笑顔
ずっとずっと大好きなその笑顔

あなたの顔を見ていたら急に涙がこみ上げてきた
あなたは人形なんかじゃないのに
そう思ったら涙が溢れてきた

『どうしたんですか?
泣かないで下さい。私も悲しくなってしまいます』

あなたは優しく私の肩に手をかけた

伝わってくる温度は……冷たい
冷たい手
あなたの手は……いつも冷たい
どうして?
あなたはいつも優しく温かいのに
私に温かい気持ちを与えてくれるのに

「……言われたの
あなたが人形だって
違うわ。私、分かっているもの
あなたは人形なんかじゃないわ」

私は泣きながらあなたにそう言った
あなたは人形じゃないとそう言った
だって、あなたが本当に只の人形なら
私をずっと励ましてくれたり
今、こうして慰めようとしてくれたりするはずがない

だけどあなたはいつもと同じように微笑んだ

『ありがとうございます
あなたの気持ちは嬉しく思います
だけど、私は人形ですよ
あなたの生まれる前からずっとある
主人にも先立たれ残された人形なんです』

微笑む。いつもと同じ優しい笑顔で
そして自分が人形であるとあなたは言うのだ
それが私には何より悲しかった

「違う!あなたには心がある!
私を見守ってくれたじゃない!
私を励ましてくれるじゃない!
あなたは人間以上に人間よ!
あなたみたいに優しい人はいないもの!」

無我夢中でそう叫びながら、私はあなたにすがって泣いた
そう、いつでもあなたは私の傍に居た
魔法の落ち零れの私を励ましてくれた
魔法とは何かと教えてくれた
魔法の使い方まで教えてくれた
自分は使えないけれど、かつての主人はこうしていたのだと
あなたは微笑んで教えてくれた

私は知らない
あなたより優しい人を知らない
あなたがモノ扱いされるなんて考えられない
只の人形だなんて言われたくない

だけど
あなたにすがる私はどうしても分かってしまう
あなたの身体の冷たさを
あなたは冷たい
血の通っていない冷たさ
モノと同じ冷たさ
どんなに優しくてもどんなに温かい心を持っていても
あなたの身体はいつも冷たい

『ありがとう。あなたは優しい人ですね』

あなたは微笑んだ。私の大好きな笑顔で
それが悲しくて涙が止まらなかった


それからどれくらい経ったのだろうか
あなたはずっと私のことを抱きしめてくれていた
私の体温であなたの身体も少しずつ温かくなっていく
でもそれは仮初のものなのだ
あなたの冷たさは変わらない

あなたが私の肩を軽く叩く
私が顔をあげるとあなたは優しく微笑んだ

『お客様ですよ』

そう言われて私はあなたの指差した方に顔を向ける
そこには私の幼馴染が立っていた

私は身構える
何をしに来たのだろう
私の大切な人を只の人形と呼んだこの人は

だけど、私の心配は杞憂に終わった
彼が頭を下げたからだ

「……悪かった。酷い事を言って」

そう謝ってから顔を上げると彼は真剣な顔で私に言った

「だけど、これだけは言わせて欲しい
逃げていないか、お前は
ここに来る事で、現実から」

逃げている
そう言われて私は反論出来なかった

私はかつて逃げ出してから
居心地のいい場所を見つけてしまった
それは優しいあなたの居る場所
私はあなたの元に通い
あなただけを見てきた
世界にあなただけがいれば良いと思っていた

私はあなたの顔を見上げた
あなたは優しい顔で微笑んだ

『お帰りなさい、あなたの場所へ
そして、また疲れたらいつでもいらっしゃい
私はいつでもここにいますから』

あなたはそう言うとそっと私の背中を押した
私の前では幼馴染が手を差し伸べている
私はその手を取るべきか迷って振り返った

……あなたは優しい笑顔で微笑んでいた
大丈夫だといっているみたいだった
そしていつでも待っていると……そう言っていた

私は頷くと幼馴染の手をとった

いつか抜け出さないといけなかった
子供の幻想の世界
あなたはその象徴だった

あなたが好きな気持ちは永遠に変わらない
あなたが人形だとは思わない

だけど、今度会うときは
もっとしっかりした大人の私になって
今度はあなたに沢山の話を聞かせたいと
そう思った






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随分前に読みきりの漫画で描こうと思っていた話です。
どこかに途中まで描いたのがあるはずなんですが(^^;
ちなみにこの人形さんは居るには居るんです。
で、幼馴染さんも小さい頃はここに来てたという設定があったんですが
これを書く上ではややこしいので切ってますけど。
なんというか……子供から大人への移り変わりを書きたかったらしいですよ、はい。
人形さんが子供の世界で、幼馴染が現実ってことなんですが。
落ち零れ主人公と優秀幼馴染さんというのが本来の設定。
でも幼馴染が優秀っていうのは入れようが無かったんですけどね(^^;
冷たい手という事で、人間じゃない……という発想からこの話を書いてみようかなと思いました。
どんなものでしょうねえ(^^;