19. 予定外の出来事


朝、目が覚めて……ふと気がつく。

……なんか、服が心なしか大きくなってないか?

嫌な予感がした。こういう予感だけは悲しいくらい当たる。
服が大きくなったんじゃない。体格が変わってるんだ。
胸があるし、肩幅も小さくなっている。大体起こった事は想像がついた。
つまり、性別が変わってるんだ。男から女に。
こんな事を俺にしでかすのは一人しか居ない。
一体、俺を女にして何が楽しいというんだろうか。
一応、薬品耐性はある程度あるハズなんだが……未知の物質でも入っていたか。
とはいっても、こんなことで休むわけにもいかなし
大体、女になってたって外見は大して変わりゃしねえんだから
そうは問題ないだろう。永久に効果があるとも思えねえし。

そこまで考えて、俺はふとあることに気がつく。
「……もしかして……ってやっぱり変わってやがる」
聞こえてきた、いつもより高音の声に俺は深いため息をついた。
声まで変わってる。当たり前ちゃあ当たり前なんだが……
こりゃ、誰にでも分かるわな。
別に大問題でもないけれど、短期的なもので長い間言われ続けるのはさすがにたまらない。
こりゃあ、さっさと犯人をとっつかまえるか。
俺はそう決めると、とりあえず体格が分かり難いような服から探すことにした。


「あはは〜、なんだ、もう僕だってバレちゃったの〜?」
「笑い事か〜!!」
奴の部屋に殴りこんだ早々、奴は楽しそうに笑いやがった。
奴の名前はロキルド=レイスノート。
俺の境遇的な兄弟みたいなもんだ。
初めて会った時は会った時で異様に敵対心を燃やされたもんだが、
今でも相変わらず俺にちょっかい出してくるのだけは変わらない。
「ああ、でもラディスって男っぽいから女の子になったら似合わないと思ってて
会ったら笑ってやろうと思ってたんだけど……意外に違和感ないねえ。つまんないの」
「そういう問題か〜!!」
「そんな可愛い声で怒鳴られても怖くないんだけど」
「そうしたのはお前だろうが!!」
……ああ、こいつはいっつもこうだ。突っ込む方の身が持たねえ。
ロキルドの奴、楽しそうに笑いやがって。こっちの身にもなれっていうんだ。
「で、やっぱり困ったの?」
にこにこして聞いてきやがる。やっぱり目的はそっちか。
俺を困らせることを生きがいにしてるんだから、たまったもんじゃねえ。
「いや、基本的には性別が変わろうとどうでもいい。
男だろうが、女だろうがさしてこだわりはねえ」
きっぱりと言い切る俺にロキルドはつまらなさそうな顔をした。
「……君ってやっぱり面白味が無いよねえ。
『ロキルド様、助けて!元に戻してくれなきゃ困るんです!』
くらい言って欲しかったのに……」
「どうせ一時的なモンだろ。永久に変わるってんなら気にしねえが
変な噂が広まって後からごちゃごちゃ言われんのが面倒くせえ」
「ん〜、まあしばらくしたら効果は消えるって聞いたけどね〜」
ロキルドはがっかりした顔でそうため息をついた。
ちょっと待て。こいつ今、何て言った?

聞 い た け ど ね 〜

「ちょっと待て、お前が作ったんじゃないのか?!」
俺に攻め寄られてロキルドは視線を横に泳がす。
「ん〜、まあ研究仲間がね、実験にどうか〜って」
「じゃあ、解毒剤の類は……」
「うん、持ってない♪」
「持ってないじゃね〜!!!」
さすがに切れそうになる。
こいつは、最初から放置しておく気だったんだな!
「……ロキルド、解毒剤さえ渡せば穏便に済ませてやる気だったんだがな」
俺は片手に魔力を集中させる。その手には赤き炎が揺らめいた。
「今日ばかりは二度とそんな気を起こさないようにしてやる」
「ふ、そんなもので僕を脅そうって気?」
「ああ、俺は知ってるんだぜ?昨日、新しいゴーレム用に素材を合成したんだって?」
ロキルドの眉が、ぴくりと動く。
「なかなか苦労して作ったっていう話だが、蒸発しちまったら残念だよなあ?」
「ちょ、ちょっと……!僕の苦心作を燃やす気?!」
「そのくらいしねえとお前は反省しねえだろ!!」
「あれは僕が寝ずに考えて考えて組み立てた合成式を基に
材料収拾まで自ら出向いて集めた苦心の作なんだよ?!」
「そんなことしるかあ!」
そんな押し問答をしている俺達の耳にドアをノックする音が聞こえた。
やばい、見られたら困る。
俺は慌てて、ロキルドの実験機材の影に身を潜めた。
ロキルドも俺がにらんでいるのに気がついて、平静を装った顔でドアを開けた。
ドアの向こうに立っていたのは紫の髪の長身の男。

……よりにもよって一番会いたくねえ奴が現れやがったよ。

「ど、どうしたの?僕の部屋に君が出向いてくるなんて?」
「ん、いや。ラディが来てないって言うから家にも様子見に行ったんだけどいないし、
だったら君の所かもしれないなって思ってね」
ああ、エラン、お前、いらん所まで本当によく気が回るよ……。
ロキルド、絶対気がつかれるんじゃねえぞ。
「へえ、来てないんだ。珍しいね。でも、僕は今日は会ってないよ?」
よしよし、ちゃんとごまかそうとしてるな。
とはいっても勘のいいあいつをどこまで騙せるか……。
「そうなのか?そうか……君の所に行けば居ると思ったんだけどな」
エランはそう言うと部屋を見回す。
まずい。俺は極力気配を消して気がつかれないように努めた。
「ところで、ロキルド君。その本、一冊借りても良いかな?」
部屋をぐるっと見回してから、エランはロキルドに本を借りようとしているらしい。
唐突だな、本を借りるなんて。
「うん、別にいいけど……?」
「そう、ありがとう。ちょっと、痛むかもしれないけど我慢してね」
……痛むかもしれない?
その言葉の意味を考える間もなく……
俺に向かって剛速球で本が飛んできた。しかも辞書級の分厚さの本が。
そういう意味か〜!!
ばしんっと反射的に本を払い落として俺は機材の影から姿を現す。
「おはよう、ラディ」
そこにはにこやかな顔で笑っているエラン。
「おはようじゃねえだろ!お前、俺が居るの分かって投げつけやがったな!!」
「うわ〜!!僕の大事な本が〜〜〜!!!」
「お前は心配してる方向が違う!!」
エランに文句を言ってる横で、違う心配をしているロキルドにびしっと突っ込んでから
俺ははたとある事実に気がつく。
エランはきょとんとした顔をしていた。
「……ラディ、今日は随分可愛い声をしてるね?」
……ああ、よりにもよって一番知られたくねえ奴に自分からばらしてしまった。
俺はがっくりと肩を落とした。


「なるほど、そんな事があったんだ」
一通りの説明を聞いて、エランは納得した顔をした。
「でも、そんな怪しい薬は使うなら使うと許可を申請してもらわないと」
……いや、そういう問題なのか?
「……う、分かったよ」
厳しい顔で言われたせいか、ロキルドはしゅんとしてエランに答えている。
……俺には謝ろうともしねえくせに。
「それにしても……」
エランは俺の方を見て上から下へと視線を移した。
「……思ったより違和感無いんだな、ラディ」
「お前も言う事がそれか!!」
こいつらは揃いも揃って同じようなことばかり……。
「でも、しばらくしたら治るんだろう?
今日はお休みにしておくよ。じゃあ、俺はそろそろ戻らないとね」
そう言ってエランは立ち上がると再びドアの方へ向かっていった。
「休みって……何て申請するんだよ?」
去っていこうとするエランに俺は声をかける。
まさか素直に申請するんじゃなかろうな。
エランはドアを開けて俺の方に振り返るとにっこりと笑った。
「大丈夫。奇病に罹ったってことにしておくから」
「それも大して変わらんだろ〜!!」
俺の叫びを聞いたのか聞いてないのか薄情なエランはそのまま行ってしまった。
俺はどっと疲れて肩を落とした。
考えたら、俺はここに来てからずっと叫び続けているような気がする。
どいつもこいつも揃って本当に……。
「……ねえ、ラディス」
「ああ、なんだ?」
ぐったりしている俺にロキルドが小さな声で話しかけてくる。
いつもと声のトーンが微妙に違った。
「僕さ、基本的に怖いものは無いつもりだったんだけど
……なんかエランってちょっと苦手なんだよね」
……意外だ。こいつにも苦手なものがあるのか。
……まあ、エランっていうなら納得するけれど。
「……まあ敵に回したくねえタイプだな」
「君、仲が良いんでしょう?だったら平気なんじゃないの?」
ロキルドは不思議そうな顔をして聞いてくる。
俺は手のひらを横に振って否定した。
「逆。知ってるからこそ、だよ」



ちなみに薬の効果は二時間ほどで消えた。
家でじっとしてれば良かったと俺が後悔したのは言うまでも無い。
そして事あるごとにエランにからかわれるハメになった。
それと、ロキルドの素材はこの世から消失したが。
必死で作り直しに励んでいるらしいけれどな。
これでしばらく大人しかったら言う事無いんだが……な。
俺がエランとロキルドに振り回されるのは運命かもしれない。





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そんな訳で予定外の出来事……元ネタはオリキャラチャットです。
ある方のキャラクターさんから、ロキルドさんが性転換の薬貰いまして(笑)。
戴いたのは結構前だったんですが、このタイトルを見て話考えている時に思い出して
ああ、じゃあこの薬を使わせてもらおうかなと。
ちなみにロキルドさんは最初からラディスに使う気満々でした(^^;
ラディス、結構女体化似合わないかな〜とも思ったんですが、
一応絵的に考えてみて違和感無さそうだなと。えらい背が高いですが。
もし本当に女の子だったら、エランやロキルドとの関係ってちょっと違ってそうかもしれませんね。