17. 君は誰
君は誰?
僕はそう叫ぶ。
『君』はまるで陽炎のように僕の前に現れた。
陽炎がゆっくり揺れる。
僕は君の顔を見て小さく声を上げた。
驚いたからだ。
それは紛れも無い僕自身だった。
『なんだい?びっくりしたの?
僕を呼んだのは君自身だったじゃないか』
もう一人の僕はおかしそうに笑った。
僕が君を呼んだ?
僕の問いかけに君は頷く。
僕は僕自身を呼んだだろうか?
僕はもう一度自分の事をを考えてみた。
僕が考えていた事。
特別珍しいことではない。
<あの時、こうしておけば良かった>
とか
<どうして、もう一つを選ばなかったのだろう>
とか
そんな……悩むだけ無駄な話。
だけど、意外なことに君は笑って頷いたのだ。
そして、笑ってこう言った。
『そうだよ。僕はそうであったかもしれない君さ』
僕はよく分からなかった。
全く話を飲み込めない僕に彼も気がついたのだろう。
僕に向かって優しく笑った。
『人生にはいくつもの岐路があるだろう?
そして君はその中の一つを選んで先に進む。
じゃあ、選ばなかった方はどうなると思う?
そこに居るのが僕さ』
その話を聞いた僕は
何故、君がここに居るのか
何故、そんなところに居るのか
当然の疑問よりも別の事に頭がいった。
僕の口がすぐに動く。
聞きたいことは一つだけだった。
「ねえ、君の居る未来はどんなのだい?
僕の進んだ道は間違っていたんだろう?」
君が苦笑するのが見えた。
何を言うのかと思ったという顔でもあり
やっぱりそう聞いてきたのかという顔でもあった。
でも、僕はそんなことはどうでも良かった。
僕にとって重要なのは君の答えだった。
僕の胸は高鳴っていた。
考えられる答えは三つあった。
君の未来の方が良い。
僕の道の方が良い。
どちらもあまり変わらない。
心臓が破裂しそうだった。
僕はどの答えが聞きたいというのだろう。
聞いてどうするというのだろう。
安心したいのだろうか。
絶望したいのだろうか。
だけど、君の答えは違っていた。
『僕の人生は君が捨てた道なんだよ。
あの時、君は道を選んだ。
一番大切なのはそこなんだ。
大事なのは道を選ぶことじゃない。
決めた道をちゃんと歩むことさ』
そう、その通りだ。
僕はあの時、道を選んだ。
分かれていた道から一つを選び出した。
理由はもうよく覚えていない。
だけど、この道を歩もうと思ったんだ。
不思議だ。何故、すんなり受け入れられるのだろうか。
きっと他人が言ったのなら僕は聞かなかった。
そんなの奇麗事だと片付けるに決まっている。
だけど、それを言ったのは僕自身。
きっと僕がそう思っていながら見なかった事。
君は微笑んだ。
『僕達はね、たくさんたくさん居るんだ。
君の道は一本道じゃない。たくさん枝分かれしている。
だけど、それを選ぶのは君さ。僕達じゃない』
じゃあ
僕は思わず口にした。
じゃあ、なんで君達は存在するの?
君は肩をすくめてみせ、いたずらっぽく笑った。
『見ての通りさ。
僕自身が悩んだ時、こうして相談にのるためさ。
あったかもしれない自分に思いを馳せるより
前を向かせるために僕らは居るんだ。
そして、もし君の道が捨てた道に繋がるなら
その時はちゃんと導くために』
『君はしたいことがあるんだろう?』
もう一人の僕は笑った。
『だったらそれをやれば良いんだ。
一度決めた道、なんだろう?』
僕は頷いた。
一度、決めた道。
進むと決めた道。
だから、後悔ばかりしないように進もう。
君はまた陽炎に戻る。
そして消え行く瞬間、言葉を残してくれた。
『さよなら、僕。頑張れ』
短い言葉。
だけど、何より意味のある言葉。
僕はゆっくり頷いた。
★戻る★
結構前に考え付いた話です。
『君は誰?』が『あったかもしれない自分』っていう発想は…
なんというかなんの脈絡もない感じですが;;
……個人的には出てきてくれてもいいかなと思ってみたり。
丁度、思いついたのが落ち込みモードから大分回復した時でした。
そういう感じの話です。