11. 37.5

「軽い微熱ね……」
心配そうな姉の声が聞こえる。それに対して俺は微笑んだ。
それが心配性の姉に対しての精一杯の思いやりなのだ。
「大丈夫、その程度だったらなんとかなるから」
俺の言葉に姉はやっぱり心配そうな顔色のままだ。
「大丈夫?学校、行けそう?」
「うん、大丈夫。危なかったら、保健室で休ませて貰うから」
そう、いつもの事なのだ。このくらいの微熱なら心配しなくても大丈夫。
他の人はどうだかしらないけれど、俺にとっては珍しい体温じゃない。
もっとも、これ以上上がるとさすがに辛くなるだろうけどね。
心配そうな姉に見送られながら、俺は学校へと足を運んだ。

俺の通っている学校はいわゆる普通の学校だ。
魔法も教えているし、剣術や格闘術なんかも教えている。
生徒は銘々好きな授業を選択して取っているのだ。
俺は当然というか、なるべくしてなったというか、父親の血というか
魔法に長けているから魔法を専攻している。
「おはよう、ウィル!今日は大丈夫?」
朝から元気のいい声が聞こえて俺は振り返った。
紫色の短いショートカットの少女。女の子だけれど、その風貌は少年に近い。
俺の幼馴染のカーラだ。いつも元気が良い。
「ああ、大丈夫だよ。カーラはいつもどおり元気だな」
俺は苦笑しながらカーラを見て笑った。みんな一言目には「大丈夫か」だ。
そんな態度が気に食わなかったのかカーラはふくれてみせる。
「私は心配してるだけだよ!いい、あんまり無茶しちゃダメだからね」
姉と同じような口ぶりでそうカーラは言った。
カーラとの付き合いは姉と実は同じくらいある。
カーラは姉の友達の妹で同い年だったから小さい頃からずっと一緒だった。
何故か俺の家に入り浸っていることも多かったし、気がつけば隣にいる子だ。
もっとも、学校に通うようになってからはその距離は少し離れている。
俺は魔法を専攻したけれど、カーラは自分の兄と同じ剣を学んでいる。
そうなると必然的にとる授業も変わるわけで、接点も少しずつ減る。
それでも、彼女には必ずといっていいほど毎日出会うのだ。
それだけはずっと変わらない。
「ああ、大丈夫。気をつけるよ。いつものことなんだから」
そう、いつものこと。身体の弱い人間からしたら微熱の一つや二つで
驚いてられないのだ。そんなのなら毎日驚かないといけない。
そんな言葉を交わしてから俺はカーラと別れる。
今日の授業は何だったかな。実技もあったんだっけ。
微熱気味のぼんやりした頭でそんな事を考えながら教室へ向かっていった。


ふと、気がついたら天井が見えた。
記憶にある限りでは俺は確か講義を聞いていたはずなのに。
「目、覚めた?」
聞きなれた声が聞こえてきた。カーラの声だ。
何故?
そう思うより早く彼女が俺を覗き込んでいた。
「びっくりしたよ。講義中に倒れたって聞いたから……」
倒れた?
……ああ、もしかしたら熱が上がったのか。
熱のせいでそのまま倒れこんでしまったのかもしれない。
もともとお世辞にも丈夫とは言えないから、そのまま運ばれたオチだろう。
「……で、運ばれたの何度目?」
カーラが苦笑しながらそういって聞いてくる。
「さあ?もう覚えてないよ」
情けない話だが、そのくらい日常茶飯事だ。
「朝、大丈夫だって言ったくせに」
カーラがそう言った。それには反論出来ないな。
黙っている俺にカーラが額に手を当てた。その手が冷たく感じられた。
「保険の先生が解熱剤打ってくれたって。でも、まだちゃんと下がってないみたい」
「はは、仕方ないな。ちょっと解熱剤に抵抗できちゃってるしね」
「笑い事じゃないよ、ウィルってば。こっちは心配してるのに」
カーラは心配そうな顔をしていた。
本当に……数え切れないほど見てきた表情だ。
大丈夫。いつもの事だから。
だけど、それはカーラにも分かっている事だから。
きっと言葉じゃ信用してもらえない。
俺は彼女の手に手を伸ばし握り締める。
冷たい手も握れば、その奥にある体温を感じるようになる。
それは彼女がそこに居る証拠。
生きている証。
そして、それを感じられる俺も生きている証。

大丈夫。生きているんだから……大丈夫。

言葉に出来ない言葉が伝わったのだろうか。
カーラが微笑んだ。

大丈夫、そう笑っていた。



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アーティフィシャルウィザードでは脇キャラですが、チャットではおなじみの二人です。
ウィルの絵はオリジナルのところに置いてあるんですよね。こちら
時代的にはアーティフィシャルウィザードと同じ時間設定です。
この後、ウィルは自分の病気を抑える方法をとある人物から教わり少し元気になるのです。
でも、治った訳じゃない。それでも、彼はその後、医療を教わるためにその人物を探して旅に出るのです。
自分のように治らない病気を抱えている人を少しでも楽に出来るように、と。